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         ノスリの卵

チャイナ・ミエヴィル 訳:菱沼 航

 おはよう!早く起きなさい!
 なに?まだ拗ねてるの?
 もう、そのままむくれてなさいよ。どっちにしたってわたしは朝ご飯を食べさせてもらうから。

 そうそう、そのご飯についてなんだけど、この火の魔法はどう?触媒に良い香木を使ったんだけど、いい香りの煙でしょ?ってちょっと聞いてるの?わたしは背を向けてあなたに残り火を投げつけることだってできるし、何人かはそれを当然だって言うでしょうね。し、しないわよ!
ねえ、見えてるんでしょ?わたしはあなたの金色の目から視線を感じるんだから。
 ふ、ふん。そんな風に見ても、わたしは怖くないわよ。そのままわたしの肩越しに窓の外を見てみなさい。わたしたちの丘は綺麗だと思わない?
わかってるわよ。あれはあなたたちの丘じゃない。でも、あの果樹園に日があたるのを見て。サイラスが歩いてるあの小道が見えるでしょ?    

 わたしはそれが彼の名前だと思うのよ。知らないけどね。わたしと同じくらいの歳で、その割にはわたしの瞳と同じ色の髪をした男。この辺りにはあまりたくさん人がいないんだけど、時々大声が聞こえてね。そしたら彼が顔を上げるの。わたしはそれがサイラスって呼んでるんだと思うのよ。
 ほら、食べなさいよ。わたしは見てないから。けど、あなたはあの岩をどう思う?あの張り出しのそばの穴は?
 男の神官や女の神官、兵士に奴隷が街から来るでしょ。わたしが言った、塔から離れた街よ。何か月か前に、そいつらがつるはしを持ってきて、塔から切り出した穴に持っていくのよ。その隊長が言うには、その山からとったもので新しい力が生み出せるんだって。
 その人の名前は覚えてないわ。その神様の名前も、その神が男だったのかもね。
 そこに鷲がいるのが見える?それに、そこにもノスリがいるわね。
 そういえば、こんな話があるの。
 「あるノスリとある鷲が恋に落ちた。彼らは互いに嫌いあいながら、互いに愛し合っていた。そして鷲がノスリに乗って、ノスリが卵を産んだ。けどそのノスリは卵を温めなかった。誇りを持っていたからだ。そこである鳩が来て、こう言った。『私のバカ、こんなところに卵を落とすなんて。』そうして彼女は卵を温めた。『なんて私の子供は大きいのかしら!ここから海が見えるわ。』と言いながら。」
 食べた?もう、食べる気はあるの?
 食べなさいよ。いい香りでしょ?病気になんてならないわよ!
 海といえば、海は四十マイル先にあるのよ。見たことはないけどね。商人が一度塔に来たでしょ?なんで表の兵士が彼を受け入れたのかは知らないけど、彼はわたしに海とは何かを教えてくれたの。彼の娘が背におぶさっててね、その子は小さくって、わたしは泣くまでその子を見つめちゃってね。そしたらその商人は上下に揺れて、「ほーらお船だぞ」なんて言うのよ。
 それでさっきの話の続きだけど、その鳩の下でその卵は孵ったのよ。中にいたのは、鉄のように硬い羽根が山のように生えた鳥だって。そいつが羽ばたけば雪が降って、そいつが鳴けば口から虹が出る、なーんて話。
 もしかしたら、あなたはそこにいたのかもね。なんであなたは話そうとしないのよ?なにか失礼なことでもした?
 何かしようと思わないの?外じゃ何にも起きてないわよ。ただ風が木々の中で、入っては出て、上へ下へと吹くだけ。何もないわ。サイラスも今日は果物をとらないみたいだし。
 中庭まで続く長い道があるでしょ?その井戸が見える?あれはあの噴水に使われてたのよ。あの動物の口から水が出てて、ここでも聞こえ     たんだけど、あれはいい音だったわね。だけど、そこに酔っ払った兵士が来て、何年か前だったわね、それでそいつが噴水にぶつかったの。見かけは何も変わってなかったけど、中で何かが曲がったんでしょうね。もう水が出なくなっちゃって。
 そいつは罰せられてなんかいないわ。ましてむち打ちなんて。多分、そいつの仲間がかばったんじゃないかしら。しばらくの間はその水で蚊が沸いて、今はただそこに石があるだけ。
 いやいや、“ただの石”とは言ってないわよ。悪かったわ。石の魔法はあなたの所じゃあなたのものだったんでしょ?
 何かいいなさいよ。わたしは雲の後ろには陽の光があるって知ってるんだから。
 もう、あなたは子供みたいね。あなたが食べ終わろうと、気にはしないけど。そんな苦い顔しないでよ。ほら、あなたの煙を片付けるわよ。わたしにはやることがあるの。わたしの一日はあなただけのものじゃないんだからね。
 じゃあね、一日が過ぎるのをそこで見てなさいな。

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